コラム

ショパンエチュードop.25-1「エオリアンハープ」について

ショパンがこの曲を演奏するのを聴いたシューマンが次のように述べているそうです。

嵐によって一瞬にしてすべての音が軽やかに鳴るエオリアンハープを頭に思い浮かべるように。
またピアニストの手から、あらゆる種類の幻想的な音のアラベスクが入り交じって流れるように。
そして荘重な低音の響きと繊細なソプラノの音が同時に連なって聞こえてくるようにする。
そうすれば、全体からエオリアンハープの音色のイメージが浮かび上がってくるであろう。

(コルトー版「ショパンエチュード」より)

つまり、この曲は、ソプラノとバスの旋律が基盤となる響きを形成していて、その中に反進行でうねる2本の分散和音が柔らかく、軽やかに響き合っているのです。
1つ1つの音がすべて聞こえるけれども、粒だちしないでうねっている和音の上に、メロディーが聞こえ、時にテノールの歌も聞こえる、まさに妙なる調べの曲なのです。

そのため、指はできるだけ立てないで、鍵盤に置いた形で弾き、手の重みを加減することで、強弱の変化をつけていきましょう。
響きの増減が自在にできるようになると、その中から浮かび上がるメロディーも表情をつけてきます。

内側のうねりの美しい響きを成立させるには、音がずれないこと、バランスがとれていることが必須です。
また、浅く弾くだけでなく、指をはなす時の衝撃音も出さないように気をつけましょう。

そして、外側のメロディーは、スラーに留意して、音が飛ぶ時もぶつ切れにならないように、最短距離で、飛ぶ角度も考えて弾きましょう。音質も考えてください。

つい、フレーズごとに止まりそうになったりしますが、できるだけ、速度記号に従って流れるように弾き、盛り上がりが作れると、ため息が出るような美しい曲が生まれるでしょう!

ショパンエチュードop.10-3「別れの曲」について

千蔵八郎氏の「名曲辞典」によると、ショパン自身、この曲ほど美しいものは書かなかったと考えていたそうで、ABAの作りのこの曲が、美しいAと激しく荒々しいBとでできているような分裂気味の曲ではないと思います。

まず、Aの部分はコルトーの言う通り、ポリフォニックな演奏を追求し、かつレガートで、メロディーがくっきり浮かび上がると格調高くなります。
そして、ショパンの強弱記号を守っていくと、ショパンの求める歌い方に導かれます。

最初の部分の4声の弾き方がまず大切で、メロディーは情感のある音で濃く、バスの4分音符は2声なので、2拍子に乗りつつ深く、シンコペーションのリズムは揺れを作っていきます。
問題は中声で、さわさわと薄くしたいので、2の指を食い込まないようにあまり曲げず、鍵盤から指が離れないようにして薄く弾くとうまくいきます。
ですから、2声を弾いている右手は5の指のほうに少し傾けると345の音を出しやすくなります。
この弾き方を確立すると、ほかの曲を弾く上でとても役にたちますので、コツコツ研究してください。

この曲のあらすじは、Aで「別れの時がきた」ということをしみじみ歌っていたのですが、Bに入ると、楽しかったときの思い出がよみがえり、そこからまたさまざまなことが思い出され、気分は高まっていき、はっと我に返って別れをますます惜しんでいくという曲ではないかと思います。
ですから、Bで右のミレミシと始まった後、左が遅れて入ってきますが、軽く弾くことで、右手を止めず、明るく楽しい音色で弾いてください。
また、和音の連続の部分はペダルなしでも旋律がつながるように、指が音を出す前に、手の甲を左右に動かして指をセットするようにすると、音が荒くならず、つながります。
結局、しなやかな指、手首、腕が必要なのです。さらに、アウフタクトの和音の連続は、しっかり拍を感じましょう。
そうすると、気持ちがアセアセと混乱してくる感じが出ます。アウフタクトを無視すると、拍子がずれ、和音の練習をしているかのような演奏になりますから、要注意です!

多声で弾くことに無関心で、ムードだけでこの曲を弾くと、全く品格が違ってきますので、是非、ショパンの「美しさ」を味わうべく取り組んでいただきたいと思います。

ショパンエチュードop.10-5「黒鍵」の演奏について

来月に「黒鍵」の勉強会を開きますが、皆さんとレッスンをする中で、繰り返しお話していることを挙げておきたいと思います。

  • ベートーヴェンの晩年の頃出来上がってきた新しいピアノの機能を駆使してショパンたちは作曲し、ロマン派のピアノ音楽が生まれました。ピアノの名手だったショパンやリスト、そしてそれ以降の作曲家たちが創り上げたかった音楽世界を実現するためには、彼らが必要としていたテクニックを身につけないとなかなか困難だと思います。
    そのテクニックを獲得していくために、エチュードがあるのだと思います。ですから、指定されているテンポを無視せず、どのようにしたらそのテンポに近づけるか、を考えなくてはならないのです。
    そしてその速さに体が慣れないと、指を快速に動かしながら、多声で聞いたり、旋律を歌ったり、強弱をつけていくのは、とても大変なことになります。
  • 1本1本指を動かしているのでは、美しく速いパッセージを弾くことはできません。しなやかな腕、手首、指を駆使することが必要です。

それでは、「黒鍵」での具体的な注意事項をあげたいと思います。

  • まず、右手はレガートの指示があることに注意してください。
    1拍に6個の16分音符が入っていますが、それを旋律としてまとめて、なおかつクリアにブリランテに弾くにはどうしたらよいか、ということです。
    ソシレソミソレソシレソシのレソシで152の指使いになりますが、この15を使ってポジション移動をする際は手首を少し高めにして、15の指がしなやかに立ち気味になるときれいなラインをつくることができます。
    また、拍の頭の音を打った力で残りの5個の音を弾くようにすると(音が抜けたり、フニャフニャになるわけではありません)フレーズ感ができます。
    結局手首を上下左右に必要最小限(エコ運転)に動かして、指がスムーズに動いていけるようにするのです。
    そのためには、ピアノと体の間の空間を保つことが大切です。

    さらに各指を鍵盤の手前で打つか、奥で打つかなどもスムーズな運指ができるかを決めていきます。
  • ショパンの曲は左手だけ弾いても、素敵です。
    つまり、左手は右手と別個に弾けてこそ美しく、生き生きと奏でることができます。
    それぞれが独自に歌っているけれど、ぴたっと縦に合うと素晴らしい響きが生まれる、というのがショパンの抜きんでた才能だとつくづく思います。
    ですから、左がシンコペーションのリズムでも右手は左のアクセントに連動しない、などのことは留意してください。
  • 拍子は大変重要です。この曲が8分の4拍子にならないようにしましょう!
  • 強弱記号や発想標語はつねに気を付けて。
    それは演奏者へのショパンからのメッセージです。
    どの音を山として1つのフレーズにしているのか、などを読み取って、ショパンの想いを実現したいものです。

「小犬のワルツ」の演奏の際の留意点として、以下のことをあげたいと思います。

  • 小刻みに体が揺れない
  • 右手の指の付け根を高くして、しなやかに指を動かす。明るく軽い音色は浅い打鍵では実現できず、1点芯をとらえた打鍵が必要です。
  • 左手は和声の進行に従って、ディナーミクをつけ、2・3拍の和音が詰まっていかないように気をつける。
  • 最初の4小節で速くしすぎず、再現部の導入では、しっかりクレッシェンドをかける。
  • ペダリングに気をつけて。1拍目の音が決して濁らないようにすると、すっきりします。
  • 左右がそれぞれ楽しく流れて、それが縦にも合っていることが重要だと思います。

ノクターンop.9-2を演奏する時の留意点

・楽譜に書き込まれている強弱記号、スラーのかかり方、指使いなど仔細に見て、忠実にショパンの伝えたかったことを読み取る。

・右手はつやのある音で歌い上げたいので、しなやかな手でピアノを鳴らす。装飾音も機械的でなく、節回しを考えて。いかに歌い上げるか、それが命です。

・左手は3拍で1つの和音を作っているので、和音の根音であるバスに4拍子の感覚を持つと、曲が8分の12拍子として気持ちよく流れていきます。また、和音の根音は柔らかく深く、後の2個の和音はつなげて、上の音が美しく聞こえるようにすると、右の旋律と重なって、それは繊細な表情が出てきます。和音の3個目の音の離し方を乱暴にしないこと。そのためには、腕や肩を固くしないことが大事です。

・ペダルの記号では、ペダルを踏む深さや量はこまかくわかりません。濁るか否か音の並び方などを考えつつ音を聴いてペダルの踏み方を決定して、透明感のある演奏にしましょう。

・結局、歌い上げる右手と柔らかくハーモニーを添えていく左手とは動き方が全然違うので、 左手が自動運転できるように練習しておくことが、歌っている右手についていけるのだと思います。